2006年03月14日

色とりどりのマイナスイオン

先日知人と美術館に出かけた。知人のかつての教え子が通う美大の卒業制作展を見に行ったのだ。
美術館の全館が貸し切られた大規模なもので、すべてを見て回ることはしなかったが、それでも結構見ごたえがあった。プロではない人の作品展、それも若者の、しかも作品にオーラのある人から単に器用な人まで、いろんなレベルの作品がぎっしり集まった展覧会は予想以上に面白かった。お金を払って見る企画展とは違う旨味。

美術の成績がふるわなかった私から見ると、どの人も上手い。でも、「スゴイっ」て人の作品は、もう一枚上手。その人なりのたたずまいがちゃんとある。大学4年生といえば20代前半、その頃の私は、今と同じように文章を書くのが好きだったが、自分の文体以前に、何かものを考えるにしても、自分のスキなもの(既に誰かが作り出した中から選んだそれ)をなぞるので精一杯だったように思う(…などと過去形にしてしまうのはあまりにも危険だ)。すごい、すごい! そのまま面白いものを作り続けてほしいなと思う。

優秀な作品ばかりでなく、現時点では参加賞かな? といった作品にもわくわくさせてもらった。自分がカッコいいと思うところから見せ方を借りながらではあるものの、「私、モノを作ってるねん!」みたいな自意識、「作ったから見て! 何なら好きになって!」という野心。くすぐったいけれどなんだか気持ちがいい。会場を出た頃には、山でマイナスイオンを浴びまくったような爽快感があった。そして、私もブログを続けよう、と思った。そんなわけで、京都造形大の若者たちよ、ありがとう。卒業おめでとう。


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2006年03月12日

ニューアルバムができたよ

アッコちゃんが素晴らしいニューアルバムを出しました!!
アルバム名は『はじめてのやのあきこ』。収録曲は7曲と少なめですが、そのうち6曲は、アッコちゃんがこれまでの名曲をゲストのミュージシャンの方々と一緒に歌うという企画。アッコちゃんはもちろんのこと、豪華ゲストの皆さんの軽々とした大物ぶりに度肝を抜かれる1枚です。何だかじっとしていられず、アルバムのレビューを書いてみることにしました。

1「自転車でおいで」 ゲスト:槙原敬之さん
アッコちゃんと佐野元春さんが歌ったこの曲が春風なら、この「自転車でおいで」は秋風のような感じ。出だしの和音が、アッコちゃんの歌には珍しい感じで、少し驚いた。淡いオレンジ色の音。またこの音が槙原さんの柔らかで幅のある声によく合うのだ。槙原敬之さんと言えば、彼が出したアルバムに収録されていた「ごはんができたよ」のカバーはほんとに良かった。炊きたてのご飯の白い湯気のような声。

2「中央線」 ゲスト:小田和正さん
今まで、小田和正さんの声は純度が高すぎる気がして、ちょっと近寄りがたく感じていた。
けれど、この曲を聴いて、まず最初になんて優しくギターを弾く人なんだろうとびっくりさせられた。イントロのピアノとギターの重なり、ほんとうに電車がガタゴト走る音みたいだった。電車の音に誘われて過去を思い返す場面が、映画のように立ち上がってきた。おまけに腰砕けになりそうなほど美しい、透明だけどつややかで丸い声。小田さん苦手なんて思ってごめんなさい。アッコちゃんがあなたと歌ったこの曲が、このアルバムでいちばん好きです。

3「PRESTO」 アッコちゃんソロ
アッコちゃんの純情をみごとに引き出した岸田繁さん(すごいよシゲルさん!)。シングル版の色んな音が入って瑞々しさ全開の「PRESTO」もいいけど、このピアノソロの、まだ誰にも知られていない生まれたての気持ちをこっそりいつくしむ感じも、違った瑞々しさがあって素敵。今さらながら、アッコちゃんのファンをやっていてお得な点は、1曲で何粒も美味しいところなんだよねえと改めて思った。

4「ごはんができたよ」 ゲスト:YUKIさん
全7曲のこのアルバムのちょうど真ん中にこの曲は置かれている。いい位置だなあと思う。男性ゲストとの共演、男性的な上原ひろみさんのピアノ、ほんの少しの緊張感とともに耳をすましてしまうアッコちゃんのソロの間に、ホイッと投げてよこされるかのようにこの曲が軽やかに飛び込んでくる。YUKIさんがアッコちゃんの曲をよく聴いてきた人なんだということは、この曲を聴くとよくわかる。アッコちゃんのリズムが、アッコちゃんの声の強弱が見事なくらい彼女に染み込んでいる。

5「架空の星座」 ゲスト:井上陽水さん
井上陽水さんの歌は、飄々としながらぬめりけがある。アッコちゃんの歌は、自由奔放かつエモーショナルなようでいて、いつもかすかに一点の乾きがある。ぬめりけと乾き、悠々と大人な二人の夢の競演。おおきなおおきな紺色の夜空。手足を投げ出して眠る、いいかんじに沈むベッド。

6「ひとつだけ」 ゲスト:忌野清志郎さん
今度のアルバムでアッコちゃんがキヨシローさんとこの曲を歌うと知ったとき、ぎゅんぎゅんロックしている「ひとつだけ」が聴けるのかと予想していたが、このアルバムに収められていたのは、テンポを落としてピアノ伴奏で歌われていたそれだった。この曲のメロディー(特に前奏)の美しさがよく伝わるテンポだと思う。すごい。たえず小刻みに揺れながら、歌の世界をまっすぐに伝えてくる清志郎さんの声が私は大好き。そして、この歌を歌っているときのアッコちゃんはやはり特別という気がする。

7「そこのアイロンに告ぐ」 ゲスト:上原ひろみさん
2台のピアノが2台のアイロンになって、アッという間にカンカンに温度を上げる。2台のピアノが黒い炎をあげ、私をペロリと呑み込む。2台の黒のスポーツカーになって、後ろからぐいぐいあおってくる。この曲からは何かが出ている。麻薬的な恐ろしい物質が。


ところで、今回のアルバムを聴いて、小学校のとき、音楽室のグランドピアノの中を覗き込んだことを思い出した。ピアノの音はガラスのようにキラキラしているのに、中には小さな長方形の木がいっぱい入っていることが驚きだった。しかし、今回このアルバムを聴いて、そのことに強く納得してしまった。ピアノの音に木のぬくもりがある。樽の匂いのしみこんだウイスキー味。ぬるめのお湯にゆっくりつかっているような。
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2006年03月06日

「おおパリ」

スーパーで買い物をするとき、歩いているとき、通勤電車に揺られているとき、お気に入りの曲を頭の中で気ままに再生することは、誰にでもあると思う。

私は仕事中に「おおパリ」を再生するのだけはやめようと、いつも気をつけている。好きすぎて、再生したら最後、曲の始めから終わりまで忠実に再現しなければ気がすまず、その間何も手につかないからである(また、短い曲なだけに、それができてしまう気がするのが、この曲のやっかいなところである)。記憶の曖昧な部分を適当にスキップしたり、好きなところだけ繰り返して仕事のお供にしたりすることを、このピアノの旋律は許さない。

前奏のピンと背筋が伸びるような整ったピアノの音、
ペダルが踏まれるたび、黄金色の輝きが加わるところ、
高熱にうかされ、あぶなっかしい足どりで巡る興奮、うるんだ瞳に映る街の灯りのきらめきを美しく表現する歌声、
びっしり詰まった和音でピタリと着地するラスト、

そんなわけで、「おお矢野顕子」な一曲なのである。

(作詞:イッセー尾形 作曲:矢野顕子 アルバム『SUPER FOLK SONG』(1992)に収録)

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2006年03月05日

「電話線」

複数のアルバムにこの曲は収録されている。『ピヤノアキコ』に収録された「電話線」が最近のお気に入りだ。

糸電話のような、ほそーくピンと張られた糸の上を、ものすごい情報量の旋律がキラキラと高速で走り抜ける。CDなんだから、何度も繰り返して聞けるはずなのに、聞き漏らすまいといった緊張感を抱かずにはいられない。すみれ色の湖、アネモネ色の光、花びらのようにかき集められる舞い落ちた涙、くちなしの香り、春を思わせるはかない単語がちりばめられている。

昔、書道の師範免状を持っている友人に、筆文字をかっこよく書くコツを尋ねたことがある。「きれいに書こうとして、ちまちまやると失敗する。多少汚くてもいい位の気持ちで、集中してガーッと書くこと。勢いが大事やねん」とのことだった。この曲は、アッコちゃんの「集中してガーッと」といった部分が男前なほどに発揮されている。だけど繊細。

(作詞・作曲:矢野顕子 アルバム『JAPANESE GIRL』(1976)、『Hitotsudake the very best of Akiko Yano』(1996)、『ピヤノアキコ。〜the best of solo piano songs〜』(2002)に収録)
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2006年03月01日

「きょうのわたくし」

三拍子のリズムで回るのは、自己嫌悪の気持ち。落ち込んでいると、どうしてこう壊れたレコードみたいに同じところを回ってしまうのか。テレビのコマーシャルで見た洗濯機の水の中を回るYシャツのように頼りない私。突然のハプニングに、自分の感情の波に翻弄されている。

この曲は、くよくよ自分を責めながらも、同時にそれを見つめる醒めた視線があるように思えてならない。息を止めて沈んでいくけど、目はしっかりと開いている。どうせなら底の景色も見といてやろうと。

メリーゴーラウンドのようにぐるぐる円環するメロディーをすっぱり断ち切るように、潔くこの曲は終わる。暗い部屋の扉をパッと開けるように、水面から顔を上げるように。

きょうのわたくし」というタイトルについて改めて考えてみた。初めて聴いたときは、前半で歌われている落ち込んだ気分の「わたし」のことを指しているのかと思った。そんなことを思うなんて、そのときの私自身が落ち込んでいたのかもしれない。しかしそうではなく、落ち込んだ気分から気持ちを切り替え、「今日のわたしにはきれいなしっぽがある」と言い切る(あえて)「わたし」を指しているのだと気付いた。落ち込んだ今日のわたしが、立ち直った今日のわたしに変わる夜明けの瞬間を歌っているのかもしれないなと思った。

(作詞・作曲:矢野顕子 アルバム『オーエス オーエス』(1986)に収録)
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2006年02月25日

「Go Girl」

この曲のイントロが始まると、「待ってました姐御!!」と、心の中で喝采する。私はすぐさま、風の吹き抜ける広々とした、スケールの大きな場所へ連れ出される(メロディーからの連想だ)。出るタイミングを失い、行き場をなくしよどんでいた涙と、胸の隙間に挟まって取れなかった湿った悩みが、みるまに風で乾くのを感じる。

「そんなもんに負けちゃだめよ。微笑みで返せよ」と姐御は言う。そして私を残してそっと立ち去る。帰りは一人で徒歩。でも、もう大丈夫。自分の足で、悩み多き人生に、再び戻っていく勇気をもらったからだ。

(作詞・作曲:矢野顕子 アルバム『GO GIRL』(1999)に収録)
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2006年02月22日

「いもむしごろごろ」

YOHJI YAMAMOTO COLLECTION MUSIC THE SHOW Vol.3』のいもむしが面白い。
このアルバムは、1994・95年のパリコレで行われたYohji Yamamotoのショーで使用されたアッコちゃんの曲を収録したもの。『グッド・イーブニング・トウキョウ』に収録された「いもむしごろごろ」と『東京は夜の7時』に収録された「いもむしごろごろ」が続けて収載されているのだが、これがなかなかの物語性を醸し出している。

グッド・イーブニング・トウキョウ』のいもむしが、土煙をあげながら、急な長い斜面をドラマチックに転がり去ってしまったあと、『東京は夜の7時』のいもむしが、キーボードの電子音をまとい、増長して戻ってくる。個人的には「いもむしの逆襲」と呼んでいるこの一連の流れの中、エプロンステージの上をクールビューティーなミエを切りつつターンするモデルさんを想像するとにやけてしまう。どんなショーだったのかすごく興味がある。

で、アルバム『長月 神無月』のいもむしですが、こちらはおっとりとしていて可愛いです。

(日本わらべ歌 アルバム『長月 神無月』(1976)、『東京は夜の7時』(1979)、『グッド・イーブニング・トウキョウ』(1988)、『YOHJI YAMAMOTO COLLECTION MUSIC THE SHOW Vol.3』(1995)に収録)
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2006年02月19日

はじきよのこと

 アッコちゃんのコンサートで配られるアンケートに「矢野顕子さん以外で好きなミュージシャンを挙げよ」みたいな欄がある。今までそこに挙げてきた名前。奥田民生、ゴンチチ、マイケル・ナイマン、小島麻由美、マドレデウス…など。でも2003年に『ぼくんち』という映画を観て以来、まっさきに挙げるのは、その映画音楽を担当していた「はじめにきよし」になった。今日はそのはじきよが、わが地元のとある劇場でコンサートをやるという。ただし、ホールの中ではなく、入り口の吹き抜けになったロビーでやるためか無料。行かないわけがない。

 はじめにきよしとはどんな人々かというと、ギター(またはのこぎり)のサキタハヂメさんとピアノ(またはピアニカ、アコーディオン)の新谷キヨシさんの二人組によって構成されている。歌詞はなし。はじきよを知らない人に説明を求められたときには、「ゴンチチの音楽ををよりわかりやすく庶民派にした感じ。でも、2人ともギターではなくて、一人は鍵盤楽器担当やねん」とあえて乱暴に括ってしまう(あくまで便宜上です)。

 はじきよの楽曲のスゴイところは、100パーセント善なるものでできている感じがするところ。ライブに親子連れのお客さんが多いところも私は大好きだ。ノリのいい曲では子供は走り回る(「今夜はカレー」とか)。親が子に付き合って、あるいは子供が親に付き合って聞きにこなければならない種類の音楽ではない。それは難しいことなんじゃないかと思うのだが、彼らはあまりに自然にやってのけてしまう。

 で、今日のコンサートだが、いやー、ええもん見せてもろた。
 オープニング:「正義の味方」→カウボーイが馬にまたがり草原を横切る風。MCでは気配り上手なハヂメさんが観客の皆さんに話しかけてくれるのだが、シャイなお客さん側は、まだ少し緊張気味。
 2曲目:「ポットでお茶を」→この曲は、昨年の3月20日、京都駅前で開催されたイベントでもやってくれていた。そのときは薬缶がシュンシュンいってそうなあつあつのアレンジだったが、今回は、2煎目のお茶をじっくり出す感じの演奏。面白い。
 4曲目:「琵琶湖周航歌」→しみじみと美しいメロディーラインがのこぎり(ミュージカル・ソー)にはまりまくり。間奏では、キヨシさんがピアノで湖面のきらめきを、ハヂメさんが口笛と小さい弓(だったと思う)や手拍子を使って、水鳥の羽音や鳴き声をみごとに再現してくれた。曇天の日の緑がかったグレーの湖面、晴れた日の湖畔のカーンと冴えわたる空気、もう少ししたら寒い国に還ってしまうコハクチョウの群れ。なじみのある風景が迫ってくる演奏で泣けてきて照れくさかった。でも、MCでキヨシさんがした、竹生島で目が合ったなまずの話で、その涙は雲散霧消(こちらとしては助かった)。
 この曲を境に、観客・はじきよの双方にスイッチが入った気が。追い討ちをかけるように「青空」。稚拙な表現で申し訳ないけど、いい曲なんだこれが。近くを通りかかり、立ち止まって耳を傾ける人が増えてきたのもここらから。ファンばかりが集まるコンサートではなかったので、観客の人たちが二人の音楽に引き寄せられていく過程がほんとうにリアルに伝わってきて面白かった。コンサート終了後のCD販売(買った人には二人がサインをしてくれた)も、大盛況だった。

 私はお客さんが引くまで待ち構え、一緒に写真を撮ってもらった。県の名産のお菓子もプレゼントしてみた。卒業式の下級生じゃないんだからさーと自分にツッコミを入れつつ。私のカメラの具合が悪くて少し時間がかかってしまったが、お二人とも嫌な顔もせず、付き合ってくださった。MCでハヂメさんは「コンサートの後は、信楽に味噌壷を買いに行く」と言っていたのに。間に合われたかどうかが少々気がかりである。お二人と、カメラのシャッターを押してくださったスタッフの方に、この場を借りてお礼申し上げたい(あと、最後の客が引けるのを待っていてくださったマネージャーさんたちにも)。おかげさまでいい一日になりました。
posted by かなへ at 20:57| Comment(8) | TrackBack(0) | 不器用貧乏暇なし日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年02月18日

春は出会いの季節だけれど

 人の名前を覚えるのはさほど苦ではないが、人の顔を覚えるセンス、それが私には欠落している。大学院時代には、先輩を他専攻の同級生と間違えて「なんか雰囲気変わったよね」と話しかけ、一緒にいた友人を凍りつかせた。当の先輩が面白がってくれて、それ以来距離が縮まったのは幸いであった。他には、長い間会ってない知人や、知り合ったばかりの人と会うときは、誤って見知らぬ人に声をかけてしまったらどうしようと、気が気ではない。時代劇の扮装をした芸能人の識別もダメ。あと、ラブソングの歌詞に出てくる「雑踏の中、昔の恋人に似た人を見かけるとつい振り返ってしまう」というやつ、あんなのしょっちゅう。もし、にぎやかな通りや混んだ電車で赤くなったり青くなったりしながらキョロキョロしている珍妙な女がいたら、多分それは私だ。

 人相が似た人同士を結びつけるセンスもない。よく行われる世間話の一つ、「有名人の○○に似てるって言われませんか?」トークでも失笑を買うことがしばしば。一年ほど前に、とある初対面の男性に向かって「安倍晋三さんに似てるって言われませんか?」と尋ね、「えっ……中井貴一とか岸谷五郎って言われたことはあるけど…」と当惑させたこともある。そもそも彼は安倍晋三氏に例えられるような年齢ではなかったので、返答に窮するのも無理はない。

 さて、このようなことを書き連ねてきたのは、何も自分の恥自慢をしたいからではない。私は今後のことを心配しているのだ。今までは大丈夫だったけど(…多分)、今後仕事に支障が出たらどうしよう。それに、結婚後の夫側の親族との付き合い…あれは絶対に困る!! って、結婚の予定なんてないけど。そんなわけで、人の顔を覚える際にポイントとすべき点について、これということがあれば、ぜひご教授願いたい。顔を覚えてないのがバレない方法でもいい。
posted by かなへ at 19:57| Comment(6) | TrackBack(0) | 不器用貧乏暇なし日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年02月15日

「PRAYER」

出だしのメロディー、「夕暮れの光が溶けて消えないうちに」のフレーズの、幾つかの音符の間を上がったり下がったりするところ。あの美しさにはいつもやられてしまう。

その日うれしかったことを繰り返し思い出してはほほえむような、お気に入りの画集を飽きもせずめくるような、手ざわりのいい布を幾度もなぜるような、膝の上で丸くなってまどろむ猫の耳の後ろを指でこちょこちょやるような、そういう種類の幸福感が伝わってきて素敵だと思う。小さなものをいとおしむときの幸福感だろうか。考え事をやめて耳を傾けたい気持ちになる。

そして、「時を越え、空を越え」のあたりのフレーズから、メロディーに変化が出る。内省からふと我に返り、夜空の星を見上げた感じ。「あの人はどうしているかしら」と、遠くの懐かしい人を思い出す感じ、何か新しい発見をして「ああそうか」と納得する感じ。目の前の生活圏内から外の世界の広いほうへと視点が移動する感じ。ミクロな幸福からマクロな幸福へ、すうっと。

とても物語のあるメロディーだと思う。Pat Metheny氏作曲の美しいメロディーに、アッコちゃんが敬意を表してつけたんであろう歌詞が、また素晴らしい。

最後のフレーズ、「愛に包まれているように」がもつ確かな重さがいい。そうでなくても自分以外の誰かの幸せを祈る言葉は美しいものだけど。

(作詞:矢野顕子 作曲:Pat Metheny アルバム『SUPER FOLK SONG』(1992)、『ピヤノアキコ。〜the best of solo piano songs〜』(2003)に収録)
posted by かなへ at 22:11| Comment(0) | TrackBack(0) | 楽曲レビュー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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