2006年04月06日

スニーカーが好き

春になって、街の女性の足元が、ブーツからハイヒールに変わり始めた。ハイヒール大好き…見る分には。私自身はフェミニンなヒール靴をほとんど履かない。痛みに耐え切れず、生まれたての鹿みたいな歩き方になってしまうからだ。そんなこらえ性のない私が愛するのはスニーカー。今の職場がGパンもスニーカーもOKなので、一週間の中での登場回数は多い。

子供用の靴売り場を卒業して、初めて買ったスニーカーは、コンバースの白のキャンバス地のやつだったと思う。当時はハイテクスニーカーみたいなのがお洒落とされていたようだが、ジャージを筆頭に、スポーティーなものが絶望的なほど似合わない私は、自分のチョイスに結構満足していた。その後の記憶は途切れ、次に買ったもので覚えてるのが、ニューバランスの青+銀色のもの。意外にこれがどんな服にも合い、とても重宝した。ブルーがお気入りだったのだ。

しかし、私のスニーカー不安定期は、この辺りから始まる。
先述の青+銀のスニーカーに気をよくした私は、「青がいいらしい」と、プーマのスニーカーを購入する。青の地色に、薄いオレンジ色であのプーマの末広がりラインが入ってる靴。セールで安かったから買ったが、この靴は履くたびにイヤになっていった。私にはスポーティーすぎたのだ。次第に母が犬の散歩用に愛用するようになり、その靴は自然と私のものではなくなっていった。その後、「青だからいいというものではない」と悟った私は、ニューバランスへの回帰を決意。台風の日に三宮高架下の靴屋で一目ぼれした赤のスニーカーを購入した。濃い赤色に紺でNの文字が入っているやつ。林檎のようなかわいい赤に魅かれて買ったはずが、1ヶ月で飽きた。プーマより早い。…どんな服と合わせても、「ハイキング風」の印象がぬぐえなかったのである。しかし、ニューバランスのスニーカーのよいところは、その履き心地の良さにある。というわけで、これも「2代目・犬の散歩靴(母娘兼用)」にめでたく君臨したのであった。

この頃から私は気付き始める。妹や友人の履くアディダスのスタンスミスは、何だかんだ言って可愛いということを。キング・オブ・ザ・他人とかぶりまくるスニーカーだが、他人とかぶりまくるのは人気があるからで、人気があるのは、シンプルでコーディネートしやすいからなのだ。シンプルか…。しかし、そうは言ってもアンチ多数派は譲れない私は、スニーカー屋さんではなくデパートのセールでマーガレット・ハウエルの白のスニーカーを買った。ピカピカの買ったばかりの頃には、「テニスの試合にでも行くの!?」とからかわれたドシンプル運動靴は、履きこむうちに有能さを顕し始めた。履き心地よし、スカートとの相性も良し。気に入って5年くらい履いた。

そして、現在のスニーカーである。モーブスというドイツのブランドのものを愛用中。白地に深緑のラインが2本入っているという何の変哲もないデザインだが、横幅が少しだけ細く、丸いつま先がきゅっと上向きなところが気に入っている。ちなみにいただきものである。歩くのが大好きな私にとって、今後も大切にしたい贈り物なのだ。

しかし、今しみじみと不思議なのは、シンプルで長く履けるスニーカーを選べるようになった頃に、うちの犬が老衰で死んでしまったことである。「犬の散歩用」が必要なくなった頃、ようやくスニーカーで失敗しなくなった。こういう不思議なタイミングって、生きているとよくある、などと最近思う。


posted by かなへ at 23:41| Comment(4) | TrackBack(0) | 不器用貧乏暇なし日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年04月04日

旅が好き

一人旅を好きになったのは、20代に入った頃。それまでは旅行になんて興味がなかった。でも、買い物は好きだった。行けば知り合いに遭遇してしまう地元の駅ビルなんかじゃなく、雑誌で特集された雑貨店や洋服屋に行ってみたくて、掲載された地図を片手に街をぶらつくのが高校時代の楽しみだった。典型的な地図が読めない女であるところの私は、自分の進む方向が上に来るように、ぐるぐると雑誌を回しながら店を探した(恥ずかしいからやめてと言われるのが面倒で、次第に友達抜きで徘徊するようになった)。そうしてたどり着いた店は、たとえ思ったよりショボくとも、遭難した冬山で見つけた山小屋のように、尊くありがたいものだった(なぜなら目的地にたどり着けないことの方が多かったからだ。私は方向音痴を極めていた)。地図の目的地を確認し、その場所に私なりの感想を持つ…そうすると、「ひとつ押さえた」といった達成感が得られたのであった。

地図を見ながら目的地に着くこと、紙の上では点や面として存在するものが、目の前に実物大で現れること、実際に歩いてみるまでは、単なる丸や四角や線だった記号を帰宅してから見ると、もうそれらは決して丸や四角や線には見えず、風景の映像や外の気温がたやすく立ち上がってくること。地図と実際の風景が結びつく快感は、昔も今も変わらない。道に迷うことも嫌いではなかった。しゃれた店の並ぶ大通りを折れ、路地を行くと、高級住宅街のあいだに、白菜畑がポンポンとパッチワーク模様のように配置されているのを見たり、自分の家の近所では見かけない名前のスーパーマーケットを見たり。そういったことが、なぜ当時の私の心を捉え、今もなお捉え続けるのか、未だにわからない。私以外の旅好きな人にも尋ねてみたい点である。

最初の一人旅は、留学中の友人を訪ねて、オーストラリアはメルボルンを訪れたことだった。時間や費用の面で折り合いがつかなかったため、同行者を見つけられず、一人で会いに行くはめになった。

航空券の買い方やパスポートの取得方法を周囲の友人に尋ねながら、準備を整えた。海外を個人旅行する人に向けて書かれた本を買い、安全確保のために日本では考えられない努力と注意が必要とされることを知った。例えば、パスポートはたいへん大事なので、盗難を防ぐために腹巻状の貴重品入れなんていう珍妙なものが大まじめに売られている…そんなことも、このとき初めて知った私である。

そんなわけで旅立ったメルボルン、初めて見る野生のコアラも、かっこいいおじさんがベンチで新聞を読んでいた公園も、堂々と英語を操りながらすっかり街に馴染んでいた友人も、どれもいい思い出だが、私の薄い胸が最もときめいたのは、空港から街に向かうバスの窓から眺めた高速道路の景色だった。初めて見る外国の風景。道路わきの殺風景な景色の中、ときおり住宅やスーパーマーケット、日本では見たことのない樹木が目に入るたび、見逃してはならない大切な暗号であるかのように、ピクリと反応する。そうこうしているうちに車窓の額縁に建物のシルエットが多くを占め始める。街に入ったのだ。目的地だ! 「自分の力で間違わずに来た!!」 もはや『はじめてのおつかい』気分。興奮のあまり、うっかりひとつ前の停留所で降りてしまい、ホテルまでの結構な道のりを、やはり地図を回しながら歩いた私なのであった。
posted by かなへ at 22:20| Comment(2) | TrackBack(0) | 不器用貧乏暇なし日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年04月02日

「KAWAJI」

この曲から連想するのは夜桜と、町の中を流れる小さな川。考えごとをしながらうつむきがちに歩く人。というか、それはあの年の4月の私なのだ。

今の職場に勤めてから、春の訪れにあまり心が躍らなくなった。4月が一番の繁忙期だからだ。それは夏まで続くので、花見と花火大会にはすっかり縁がなくなった。

次々増える仕事を平常心でさばくキャパが足りず失敗をしでかし、自分の力のなさに打ちのめされて帰ったあの日。美しい夜桜は、気持ちいいくらいに私の落ち込みには無関心だった。小さな川は黙って流れていた。だから私は、「それでも私は働くことが好きなのだ」と正直に告白することができた。

海辺は立ち止まって考える場所という気がする。川べりは歩きながら考えるのにいい場所だ。足をとられることもないし。なまあたたかい春の夜風が、知らない花の香りを運んできた。短いこのインストは、電子音でできているのに湿度があるのが不思議。

(作曲:矢野顕子 アルバム『いろはにこんぺいとう』(1977)に収録)



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2006年03月27日

「HOW CAN I BE SURE」

話がはずむ、いい声をしている、他の人と楽しそうにしている所を見ると、少し胸が痛い…
これらの気持ちに「その人に恋をしているのだ」と、初めて言葉を与えたときの高揚、「好きだ」と自覚したときの勇気が出る感じ、その状態にまだ慣れてなくて、嬉しげに何度も振り返る感じ…新しいランドセルをしょって、入学の日を待つ子供みたいに。初恋に限ったことじゃない。それはテレビドラマを見てもわかるだろう。この瞬間は、いくつになっても平等に訪れる。

それから、そのあと。熱を上げると、飴煮の恋に徐々に焦げ色がつく。あの人は私をどう思っているのか、私よりあの子が好きなんじゃないのか、動き出したばかりのこの気持ちが、誰かにバレてしまったらどうしよう。身を焦がすほどに、甘い味とほろにがい味が交互に迫ってくる。

アッコちゃんのこの歌、歌詞カードを見る前から、そういう恋の歌だってわかった。好き、好き、好き!って気持ち、自分でもコントロールしかねる気持ちを歌いきった。天井知らずの歌声で。甘い! だけど力強い。じっくり煮込んだあめ色のりんご(もちろん青森産)がのっかった、タルトタタンのような歌声なのだ。

(作詞・作曲:Felix Cavaliere, Eddie Brigati アルバム『SUPER FOLK SONG』(1992)、『ピヤノアキコ。〜the best of solo piano songs〜』(2003)
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2006年03月25日

「おいしい生活」

たたみいわし ひざまくら…
自分をチョッピリ嬉しい気持ちにさせる単語でできた歌詞。これらで満たされて、おいしい生活ができあがる。
で、この歌のあとには、私のおいしい生活には何が必要か考えてみたくなる。
神戸の夜景と生ビールは入れたいな。この曲の歌詞にあるたたみいわしは入れないだろうな、ピンクの色紙や新しいシャツ…うん、これはわかる。
百人に百色のおいしい生活。いろんな人のが見てみたい。

(作詞:糸井重里・矢野顕子 作曲:矢野顕子 アルバム『愛がなくちゃね』(1986)に収録)
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滋賀バトン

だいぶ前にやった「夢バトン」に引き続き、「滋賀バトン」とやらが回ってきました(^^;) 滋賀県出身者に回すみたい。ちょっと長いんで、質問数を少し絞ってやってみます。

●なんといっても、最大の自慢は琵琶湖である
→琵琶湖以外にも、滋賀県立美術館+図書館(森林浴ができちゃうほど緑豊かです)、近江米、近江牛、大中牛、鮒寿司、信楽焼、愛東マーガレット(←激安ピチピチ野菜を販売している道の駅)…

●琵琶湖にブラックバスとブルーギルを放ったヤツを心から恨んでいる。
→ある魚が増えることで、ある魚が減り、ある魚が減ることで、ある植物が増え、ある植物が増えることで、ある被害が増え…しかも、湖は他府県の川とつながってる。生態系に及ぼす影響って、見えないところで後世に残ると思うし、笑い事では済まないぞと思う。ところで、とある農業高校では、ブラックバスを魚醤(ナンプラー)に加工したのだそうです。タイ料理大好きな私としては気になります。

●東海地方と近畿地方と北陸地方の境目にあり、「忘れられた近畿地方」とか「なんちゃって近畿」とか言われるのが悔しい。
→近畿の水がめ琵琶湖があるのになぜ忘れられるのか、不思議で仕方がない。

●世界最大級の観覧車「イーゴス108」は「スゴーイ」をひっくりかえしただけのネーミングに恥ずかしさも感じてた。
→この観覧車ができたのは、私の記憶が確かならば、1991年か92年だったかと思います。アッコちゃんのアルバムで言うと、『LOVE LIFE』、『SUPER FOLK SONG』が出た年あたりですね。観覧車の名前は一般公募で決められ、実は私も応募しました。…当時『ちびまる子ちゃん』ブームだったので、「夢まる湖(こ)」と。…ああ笑いたければ笑うがいいさ。

●北のほうはよく雪が降るので信号機が縦になっており南の人はきまってそれに感動する
→いや別に…。

●湖岸にお気に入りの喫茶店が一つはある!
→滋賀県の人は、「湖畔」ではなく「湖岸」って言うんですよね。私の中で、湖岸はラブホテルのイメージ(^^;) 家族でドライブに出かけたとき、無邪気に「お母さん、あれ何?」と尋ね、沈黙させた思い出が。

●黒沢年雄のことを「オウミ住宅CMの人」と認識している。
→そんなことはない。黒澤優ちゃんのお父さんでしょ(←それは黒澤久雄さんだそうです。ゲストの方より訂正が入りました)。このCMは他府県の人に馬鹿にされる。「ビワコホーム」のCMも結構強烈。

●BBCとは、英国放送協会ではなく、当然「びわこ放送」である。
→Biwako Broad Casting の略なんですよね。英語の教科書に「BBC」って出てきたとき、「あの放送の何がすごくてそれほど有名なんだろう?」って首をかしげました…2年ほど。1年で気付けという話ですね。

●浜大津からミシガンショーボートかビアンカに乗ったことがある。
→「ミシガン」及び「ビアンカ」とは、外国の豪華客船を模した船で(ビアンカの方が豪華)、琵琶湖を周遊します。春頃になるとNHKの朝ドラのヒロインがこれに乗って、「湖びらき」なんつって、大きい金色の鍵(に似せた発砲スチロール)を湖に投げ入れてます。で、ミシガンorビアンカですが、私は乗ったことありません。

●子どもの頃「うみのこ」に乗って他の町の生徒と野外体験学習したことがある。
→滋賀県の小学5年生にとって「うみのこ」は一大イベントです。一泊二日で他校の生徒と同じ船(「うみのこ」はその船の名前)にお泊りして交友を暖めつつ、琵琶湖や滋賀県の文化について学ぶという素晴らしい企画です。私はいまだにうみのこ周航歌が歌えます。

●買い物といえば、なんといってもハトのマークの平和堂だ
→JR各駅前にあるんちゃうかという勢いですからね。

●最近気になる滋賀の名所
→雄琴温泉。

●次にバトンを回す滋賀人
→当ブログに来てくださる方に滋ガール・滋ボーイも多くいらっしゃいますが、断りもなく出身地をバラすのもアレですんで、こちらからは指名しません。我こそはと思う方、どうぞ。
posted by かなへ at 00:50| Comment(10) | TrackBack(0) | 不器用貧乏暇なし日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年03月23日

はなうたdeアッコちゃん

アッコちゃんの楽曲を愛する人たちに、前々から聞いてみたいなあと思っていたことがあります。ズバリ、よく口ずさむアッコちゃんの歌は何ですか? 私に関して言えば、必ずしも「一番好きな曲」が「一番よく歌う曲」ではないような。こんなベスト3になりました。

1あなたには言えない
(作詞:宮沢和史、矢野顕子 作曲:矢野顕子 『LOVE IS HERE』(1993)に収録)
 残業して、暗い道を一人で帰るとき、つい無意識に出てしまうのがこの歌。「こ〜の〜悲しみ、誰に〜伝えよう」。曲のテンポが、会社帰りの私の歩くテンポに合うんです。

2ふりむけばカエル
(作詞:糸井重里、作曲:矢野顕子 『GRANOLA』(1987)に収録)
 小さな失敗にしょんぼりしていると、「どうにかなるさ」と声をかけられ、振り向けばそれはカエルで、「カエルに言われちゃしょうがない」と笑いとばす…という歌詞。イライラorくよくよは、歌って笑っておいしいものを食べて飲んで忘れるのが一番だなあって思いますね。

…と、いくぶん悩み多そうなチョイスになっちゃいました(^_^;) 選ぶ歌に無意識が反映されるのでしょうか!? いやいや、歌いやすさって側面もあると思います。

明るい歌も歌いますよ。

3OH DAD
(作詞:菊池真美、矢野顕子 作曲:大貫妙子 『ELEPHANT HOTEL』(1994)に収録)
 私が歌うことのできる数少ない英語の歌。高校を卒業したての頃、頑張って(?)覚えました。ポイントは、何と言っても歌詞のわかりやすさです。英語を勉強して十数年が経ちますが、未だに英語の歌詞って難しいなあと思う私(とほほ)。主語は省略されてるし、倒置もあるし、「この理解でいいんだろうか?」と悩むこともしばしば。けど、この曲はメロディーも歌詞も素直で、すうっと入ってくる気持ちよさが好きです。

ちなみに高校生の頃に好んで口ずさんでいたのは「SUPER FOLK SONG」(作詞:糸井重里 作曲:矢野顕子 『SUPER FOLK SONG』(1992)に収録)と「釣りに行こう」(作詞・作曲:宮沢和史 『LOVE LIFE』(1991)収録)。物語を読んでいるような気分にさせられる歌ですよね。

というわけで、皆さんの鼻唄の定番もお聞かせいただけると嬉しいです♪
posted by かなへ at 22:06| Comment(4) | TrackBack(0) | ヤノアキコラム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年03月21日

「終りの季節」

糸井重里さん作詞のアッコちゃんの歌というのは、すぐにわかる。難しくないけれど、入念に選ばれたのであろう秀逸なことばが「ぼくはここだよ」とピカピカ輝いているからだ。男子生徒からも女子生徒からも、そして先生からも愛されるさっぱりした気性の優等生みたいだなあと思う。

細野晴臣さん作詞・作曲のアッコちゃんの歌が、私は未だにすぐわからない。アルバムを聴き始める最初のうちは、ひっそり息をひそめて奥底のほうに沈んでいる。それが、アルバムを聴き込むうちに、ゆらゆらと浮上し始める。

そしてある日、いつものようにそのCDを聴く私の耳に、細野さんの曲や歌詞は、突然飛び込んでくる。「うわあ、いいなコレ!! …ええと、何て曲だっけ?」 このようにして歌詞カードで確認すると、たいてい目にするのは「細野晴臣」の文字。そうか、またこの人か。…声も小さくて目立たないし、何を考えているのかいまひとつ判らないのに、なぜか女子に人気のある男子生徒みたいだな、と思う。アッコちゃんは、糸井君とも細野君とも仲良くしながら、不思議と女子生徒の嫉妬は買わず、むしろ一目置かれてしまっている、不良だけど勉強はできる女子みたいだ(先生にとってはやりづらいだろうな)。

この曲も、「恋は桃色」も無風状態」も「相合傘」も、細野氏の曲には不思議な清潔感がある。ある種の潔さとでも言おうか。この曲の歌詞「それに救われる気持ち」というフレーズがやけに説得力を持つのは、そのせいかなと思う。

(アルバム『オーエス オーエス』(1986)に収録)

恋は桃色」:『PIANO NIGHTLY』(1995)、『ピヤノアキコ。〜the best of solo piano songs〜』(2003)に収録

無風状態」:『GRANOLA』(1987)、『Hitotsudake the very best of Akiko Yano』(1996)に収録

相合傘」:『いろはにこんぺいとう』(1977)、『YOHJI YAMAMOTO COLLECTION MUSIC THE SHOW Vol.3』(1995)、『ピヤノアキコ』に収録
posted by かなへ at 17:46| Comment(0) | TrackBack(0) | 楽曲レビュー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年03月19日

「LOVE IS」

友達の結婚式で何べんも聞いた「愛は寛容であり、愛は情け深い…」という聖書の文句。この英訳にアッコちゃんが曲をつけた。一言一言かみしめるような、繰り返しからなるメロディー。あるいは、山道を上るようなメロディーかなと思う。一歩ずつゆっくりと、頂上に近づいていく感じ。

そして、途中のあたりから、徐々に見晴らしがよくなってくる。曲の締めの部分、"LOVE NEVER FAILS"のフレーズのところは、頂上から下に広がる景色を見おろし、「世の中はなんてきれいなんだろう」と感嘆しているように聞こえる。そして、美しい世界には、やっぱり愛がなくちゃね、と思うんである。

(詞:「コリント人への第一の手紙」13章4〜8節より 作曲:矢野顕子 アルバム『LOVE IS HERE』(1993)に収録)
posted by かなへ at 21:43| Comment(0) | TrackBack(0) | 楽曲レビュー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年03月15日

「PIPOCA」

大人同士の気軽なパーティーか、懐かしい友人との長電話か。仕事の休みをとって、天気のいい平日に街歩きをしているところって感じもする。いろんな楽器の音がフルーツポンチのように集まった明るい音色。チューバやトロンボーンの音が入ってるところも好き。アッコちゃんのアルバムで、木管楽器が参加しているものはそれほど多くない。なんでだろう、いいのに。これからもっと増えないかな。

ところで、私にとってこの曲が収録されているアルバム『ELEPHANT HOTEL』(1994)は、思い出深い一枚だ。それまでの数年間に出たアッコちゃんのアルバムは、同じ高校の友人から借りていた。しかし、卒業後、彼女たちと違う進路を歩むことになり、私はアッコちゃんのアルバムを自分で買い始めた。新しいアルバムが出ても、すぐ感想を分かち合える相手もなく、何だか淋しい気持ちだった。おまけに宅浪+仮面浪人中だったし。その頃の気分がしみこんでいるせいだろうか、このアルバム全体にゆきわたる、丸く明るいあたたかさには、一抹のはかなさが秘められているように思う。

この「PIPOCA」も、パーティーが終わり、みんなが帰ってしまった部屋、電話を終えてソファから腰をあげるときの気持ちの切り替わりに似た気配が曲の終わりに潜んでいる。祭のあとには、再び自立した自分の生活。でも、それはいやなことじゃない。木管楽器の丸い音がそう言ってる気がする。どうにも淋しくなった頃、また集まればいいじゃないかと肩を叩いてくれた気がする。

(作曲:Hermeto Pascoal アルバム『ELEPHANT HOTEL』に収録)
posted by かなへ at 22:45| Comment(0) | TrackBack(0) | 楽曲レビュー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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