2006年05月07日

「Good Guy」

穏やかかつラブラブな歌詞に、少し意外なメロディーがついている。私にとってこの歌はそういう印象だった。海の底のような、広いけど薄暗い場所で歌われている、そんなメロディー。

恋とは、愛とは、もっと光に満ちていて、うきうきするものなのだと思っていた。5月の晴れた日の芝生みたいに、明るくて平らで走り出したくなるような。

だけど、「固くなった不安も やわらかく」して、「私を強くする」笑顔や言葉が、静かで薄暗いところに漂っているのかも、ということに、いつの間にか違和感を抱かなくなっていた。不安定な心が落ち着きを取り戻す温度と湿度。しっとりとした紺色の気配。この曲で歌われる「あなた」は、いいときばかりじゃなく、オチてるときやイケてないときも、じっと側にいてくれそうな気がするのだ。

(作詞・作曲:矢野顕子 アルバム『reverb』(2002)に収録)


posted by かなへ at 21:12| Comment(2) | TrackBack(0) | 楽曲レビュー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年05月06日

「David」

よく晴れた海のそばの街、見晴らしのいい丘、自転車、心地よい風。感じのいいものばかりを連想させる晴れやかなメロディー。とても肯定的。久しぶりに会う大好きな友人に向ける笑顔のように嘘のない、まっすぐな。

一方で、落ち込む友の肩を抱くような、細やかでやさしい肯定も感じられる。うまい言葉を懸命に探しながら、自分のことを話す相手を小さなテーブルの向こうから見守るような。相槌などを打ちながら。

よく笑いよく泣く、心の素直な私の友達。尽きないお喋り、飲み物、いい大人二人の馬鹿笑い、飾らない言葉によるホンモノの励まし。それは友情という名の、愛情。

(作詞・作曲:矢野顕子 アルバム『峠のわが家』(1986)、『Hitotsudake the very best of Akiko Yano』(1996)に収録)
posted by かなへ at 20:34| Comment(3) | TrackBack(0) | 楽曲レビュー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年05月04日

矢野顕子版・アニマル・インデックス@

アッコちゃんの歌には様々な動物が登場します。生き物が大好きな私にとって、そのへんもかなりポイントが高い。そう言えば、アルバムのジャケット写真でもアッコちゃんが動物と撮った写真を結構見るような…。いったいどれだけ動物が登場するのでしょうか。以前から気になっていた疑問を確かめるべく、現在所有しているアルバムで早速試してみます。まずはアルバムのジャケット及び歌詞カードの写真・イラストから。

いろはにこんぺいとう』(1977)
プラスチックのイルカをガニマタでかつぐアッコちゃんがいかしてます。

ト・キ・メ・キ』(1978)
コロボックルで有名な佐藤さとる氏のイラスト。私は子供の頃、この人の絵は悲しげでこわくて苦手でした。彼特有の煮しめたような色調のせいかな。でも、今見ると、このジャケットかなり好きです。猫、犬、鳥、蛙、ちょうちょ、蛾、いもむし、きりん、象、カメムシ、しまうま、象、かたつむり、アリ、ゴキブリ、蚊、ふくろう…色んな生き物が描かれています。このアルバムのタイトルにもなっている名曲「ト・キ・メ・キ」の歌詞をヒントに描かれたのでしょうか。

ごはんができたよ』(1980)
歌詞カードの背表紙には、タヌキ(あらいぐま?)のしっぽをつけたアッコちゃんの後ろ姿。こちらもガニマタで写ってます。

愛がなくちゃね』(1982)
草をはむ大きな茶色の牛と和服姿のアッコちゃん。このジャケット写真、大好き。ちなみに歌詞カード中の写真では、2頭の象にはさまれて、これまた和服姿で写ってます。嬉しそう。

ELEPHANT HOTEL』(1994)
黒のラブラドル・レトリバーと一緒に。

Hitotsudake the very best of Akiko Yano』(1996)
初回限定の紙のパッケージには、うさぎ耳と鼻をつけたアッコちゃん。ガーリー。

Oui Oui』(1999)
こちらも初回限定の紙パッケージにアッコちゃんの愛猫タビとマイケルが。
歌詞カードには、アッコちゃんに抱きしめられたタビ、パッケージの裏側には、アッコちゃんにほおずりされて、何とも微妙な表情のマイケルの写真。猫独特の憎らしい表情が可愛い(マイケルは、アッコちゃんのオフィシャル・ページに掲載されている日記の最新記事にも写真で登場してますね)。カフェオレ色のCDレーベルにも2匹の写真。

ホントのきもち』(2004)と「PRESTO」(シングル版)(2006)
どちらもAtsuki Kikuchi氏(どういう漢字を書くのか未確認です。すいません)のイラスト。『ホントのきもち』は鳥、「PRESTO」は馬。『ホントのきもち』の鳥は「PRESTO」のビデオクリップにも登場。どちらも何を考えているのかが見えない、アンニュイな感じが魅力。

今回は、ジャケット+歌詞カード編。楽曲編もやりたいです。…動物の歌多いから、大変だろうなぁ(^^;)





posted by かなへ at 20:49| Comment(0) | TrackBack(0) | ヤノアキコラム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年04月30日

「Happiness」

なにかいい結果を手にしたとき、「よかったね」と言われるのと「いいなー」と言われるのは、どこか違うと気がついた。

「よかったね」は、自分の気持ちに寄り添ってもらった気分がする。幸運を手にするまでに経験した、挫折の涙やひそかな頑張りをも、相手が酌んでくれているような。反対に「いいなー」には、「そんなの知らないもん。あなたは今幸せなんだから、私よりは恵まれてるでしょ。それでいいじゃない」と居直って背を向けられたような雰囲気がある。意地悪な見方だろうか。そこまででなくとも、その人は目下抱えている不安(や不満)が大きくて、もう大変なのだ。私自身「いいなー」をしきりと口にするときは、そういう気持ちだ。危険なのだ。

で、この歌だが、恵まれていると感じる相手(美しい女の人や金持ちの男の人)と、「そっと人生をとりかえ」て相手になりかわってみると、自分が思っていたほどには幸せでなかった…という歌詞である。糸井重里氏の歌詞の多くは、さりげないけどしっかり心に残る、絶妙な質量を備えていて感服してしまうのだが、この歌詞はちょっと、小学校代に読んだ道徳の教科書みたいだと思う。

ただ、アッコちゃんの曲とのバランスが面白い。外は曇天で、小雨なんかも降っていて、知らない国の高速道路を走っているような。無機質で匿名性の高い感じが、道徳の教科書を、現代の大人の童話にまで引き上げた。

今日も「街のどこか」では、人々が「そっと人生をとりかえる」のだそうである。その結果、「よかったね」を言う人の数が、「いいなー」を言う人の数を上回ればいいと思う。

(作詞:糸井重里 作曲:矢野顕子 アルバム『Oui Oui』(1997)に収録)
posted by かなへ at 09:52| Comment(8) | TrackBack(0) | 楽曲レビュー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年04月28日

「Paper Doll」

突き刺さるこのつらさはどうだろう。大人の恋の歌であるようでいて、生乾きの痛みが鮮やかに伝わってくる。

同じく山下達郎氏が作詞・作曲した「スプリンクラー」(『SUPER FOLK SONG』(1992)に収録)よりもこちらのほうが辛い。「スプリンクラー」はスピード感が救いだけど、この曲には間があるから。傷の痛みを感じるだけの間が。

疲れ切った男の人を見ると苦しい。帰るところのない野良犬を見てしまったあのやりきれなさにも似ているからだ。

(作詞・作曲:山下達郎 アルバム『Home Girl Journey』(2000)に収録)

posted by かなへ at 22:57| Comment(4) | TrackBack(0) | 楽曲レビュー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年04月24日

「さようなら」

アルバム『Home Girl Journey』には、その名にふさわしく、旅立ちを歌った曲が数多く収録されている(すでに紹介した「さすらい」や「Home Girl Journey」、オリジナル・ラブのカバー曲「夢をみる人」など)。この曲でも、ある男の子の旅立ちが歌われている。

男の子は、おかあさんと離れ、一人で遠くに「すぐいかなきゃなんない」のだという。初めてこの曲を聴いたとき、私は彼が旅立つ遠い場所とは、天国のことだと思っていた。なぜって、この曲にはただならぬ感じが漂っているのだ。かすかに哀しげな、けれどもピリリとした、霧の濃い肌寒い春の朝みたいな気配が。

しかし今、改めて歌詞を読むと、これから小学校に上がる男の子が、ぬくぬくと平和な家の中の世界から、外に向かって船出していくところを描いているのかな、という印象を持つ。「ピッカピッカの〜1年生」的なはつらつさがなかったので、うっかり悲しい歌なのかと思ったのだった。

この歌では、「新しい世界への第一歩」を「大人に近づく」というよりは、「子供時代の自分がいなくなること」として捉えている気がする。私に死を連想させた厳かな感じがするのは、その喪失の気配のせいだ。そして、私が胸を打たれるのは、子供の「ぼく」が自分の安住してきた世界を失うことを知りながら、それを恐れていないこと、とにかく前しか見ていないことだ。これから成長していく子供なら誰もが秘めている神々しいほどの強さを感じる。

脱皮を繰り返し、「しぬまでいきる」。そんな人の一生のスタートラインに立ったばかりの子供たちが、今年も桜並木の下を通ったのだろう。もう、学校には慣れた頃だろうか。

(作詞:谷川俊太郎 作曲:谷川賢作 アルバム『Home Girl Journey』(2000)に収録)

posted by かなへ at 00:00| Comment(2) | TrackBack(0) | 楽曲レビュー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年04月23日

ことばのお酒

このブログを始めて、もうすぐ4ヶ月が経とうとしている。
こまめに更新したいと思っているが、忙しかったりして記事を書くどころでなくなることもある。そんなわけで、非常時に備えて、ネタを思いついたらすぐ書きためておく習慣ができた。携帯電話は、電車を待ってるときなんかにすぐ取り出して作業にかかれるので、とても便利だ。私のメールのフォルダには、書きかけの記事がいくつも眠っている。「なんかいまいち」と思うものについても、とりあえずとっておく。途中で行き詰まったものについても然りだ。あくまで私個人の楽しみとして、日記がわりに書きためていた頃と違うのがこの点だ。

書きかけの記事や、我ながらいまいちと思う記事を見返すのは、結構勇気がいる。読み返したときの「ガーン何これ!?」が時として耐えがたい。あえてそんな思いをしたいわけがないので、昔はある程度内容がまとまらない限り、書き残すことはしていなかった。しかし、まずいなりに書きためておいた言葉の中には、時間が経ってから見ると、意外に使えるものが見つかることも知った。どの部分が無駄か、どこを使えば面白いものが書けそうか、時間が経つとすっと俯瞰できたりする。しばらく寝かせておくと、いい感じにまろやかになるお酒みたいなんである(いくら待とうがどうにもならず、捨ててしまうものも多いけど…)。

しばらくはこの方法でいく。忘れた頃に見ると、思いがけないプレゼントをもらった気にもなる。
現在、私の携帯電話のメールフォルダにも書きかけの記事がいくつか眠っている。試しに一つ開いてみよう(ズボラゆえ、題名はつけていない。昔に書いたものだと、何について書いたものかも忘れてしまっている。これがスリリングで面白い)。

テーマ:「オッサンの大きなくしゃみについて」。…ああ、これはゴミ箱行きかも。

posted by かなへ at 00:02| Comment(6) | TrackBack(0) | 不器用貧乏暇なし日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年04月18日

「やめるわけにゃいかないわ」

心が泡立つイントロ、彼女は緊張を強いられる局面に立たされている。
けれど彼女はそこから動かない。足がすくんでしまったからか、覚悟を決めたためなのか。細い声で歌われているけれど、勇ましい歌詞。彼女は弱いのか強いのか。少なくとも、目をそむけるのはやめようと考えたのかもしれない。

大人になると、がむしゃらなんて態度は、あまり歓迎されないところに行くことが増える。
それでも、どうしようもなく、心を奮い立たせられてしまうのだ。この曲に。

(作詞:矢野顕子 作曲:冨田勲 アルバム『ト・キ・メ・キ』(1978年)に収録)
posted by かなへ at 22:27| Comment(0) | TrackBack(0) | 楽曲レビュー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年04月12日

「Home Girl Journey」

春の花が咲く瞬間、嬉しい手紙を最初に読んだときのドキドキ、空港に向かう始発の電車に、スーツケースを持ち上げて乗り込む瞬間、それと窓の外の徐々に染まる朝焼け。誰も知らないところで、何かが始まっている。静かに。けれど色美しく。今の季節にピッタリな曲。

(作曲:矢野顕子 アルバム『Home Girl Journey』(2000)に収録)
posted by かなへ at 22:20| Comment(0) | TrackBack(0) | 楽曲レビュー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年04月09日

「さすらい」

自由で身軽であることのかっこよさ、それに伴う責任を引き受ける気持ち、何かが起これば人の助けも借りるけれど、人のせいにはしない感じ、しなやかだけど、胆がすわっている感じ。それは、知らないところに一人で出かけるとき、必要なものという気がする。

奥田民生さんがこの曲を出したとき、その軽やかさ、邪魔な荷物をもたない(あるいはあえて切り捨てている)自由さが彼らしいと、気に入って何度も聴いていた。アッコちゃんがこの曲をカバーすると、不思議と肝っ玉母さん性が加わった。民生氏の「さすらい」からは、田んぼや無人駅、非日常の一人旅の風景が浮かんでくるのに対して、アッコちゃんの「さすらい」を聴くと、旅を終えて帰ってくる日常の風景を思い描いてしまう。旅は俗世の垢を落とすためにするものなんて言い回しがある。そのコトバから私が連想するのは、面倒を切り捨て、いったんリセットする感じ。しかし、アッコちゃんの「さすらい」は、リセットというよりは、「かかってこんかい」という印象を受ける。結局のところ、人生はいいところも困ったところも、ずーっとつながっているのだという感じがするというか。

子供を生まなくても、肝っ玉母さんにはなれると思う。ホントにさすらわなくても、旅人にはなれると思う。アッコちゃんが歌うこの歌から、そう教わった気がする。

(作詞・作曲:奥田民生 アルバム『Home Girl Journey』(2000)に収録)
posted by かなへ at 20:49| Comment(6) | TrackBack(0) | 楽曲レビュー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

広告


この広告は60日以上更新がないブログに表示がされております。

以下のいずれかの方法で非表示にすることが可能です。

・記事の投稿、編集をおこなう
・マイブログの【設定】 > 【広告設定】 より、「60日間更新が無い場合」 の 「広告を表示しない」にチェックを入れて保存する。