2006年08月16日

夏の読書〜『優しい音楽』

図書館の本の返却期限が昨日だったので、あわてて返しにいく。で、また新しいのを借りてくる。

瀬尾まいこさんの本が読みたくて物色する。彼女は中学の国語の先生をやりながら作家活動をしているそうだ。私の大好きな友人と下の名前が同じで、おまけにその友人も中学校教員をやっている…そんな、作品とは何の関係もないところで以前から親しみを持っていた。「いつかそのうち」と先延ばしにして、代表作を読んだことがなかったので、今度こそと思い、サ行の作家の棚へ。しかし、彼女の代表作は、残念ながら出払っていた。残っていたのは1冊。『優しい音楽』。短編集である。

この本が出た頃、題名と装丁に惹かれて本屋で立ち読みしたので、表題作は読んでしまっていた。でも、好きな作品なので借りた。ラストシーンを知りつつの再読。女の子の語りの部分に、かすかに伏線が張ってあったんだ…気付かなかったなあ。物語を読み終えたあと、この題名を振り返ると、じわーっと幸せな気持ちになるところが何度読んでもいいなと思う。

『優しい音楽』という題名は、この作品のクライマックスシーンのことを指しているのだと思う。けれど、それだけじゃなく、物語全体の流れにもうまく合っている気がする。最初はちぐはぐなやりとりをしている付き合い初めの2人が、互いを知る過程で瑣末な違い(食事に関することが多い)に驚き合い、ものの見方が増えたと面白がり、やがてはそれぞれを最も心地いい存在と認識する。徐々に息が合って、きれいな協和音となめらかなメロディーを持つ「二人のハーモニー」が奏でられるまでのようすが描かれている。それを支える二人の会話の運び方も好き。馬鹿馬鹿しすぎず、あまり色気はないけれど、サバサバしてるとか冷めているというわけでもなく。このへんにも親しみを感じてしまうのかも。





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2006年06月04日

向かいのあっこちゃん

向かいの貸家にその一家が越してきて、半年ほど経つ。

その家族には小学生の兄妹がいて、お兄ちゃんは小学校高学年(声変わりはまだ)、妹は小学校2・3年生くらいと思われる。兄妹は、こげ茶色の私立の制服を着て、朝早くお母さんのBMWで駅まで送られている。近所の公立小学校に通っていないせいか、週末は兄妹だけで遊んでいることが多い。

妹のほうは家族から「あっこちゃん」と呼ばれていて、一人遊びが好きなようだ。お兄ちゃんがサイクリングに行ってしまったあとも、ホースから水が流れるのを眺めたり、お菓子のかけらを運ぶアリの行列を追いかけたりしているようだ(この間、お父さんがアリを踏んだと言って怒り狂っている声が部屋に聞こえた)。

あっこちゃんは、大きな声のお父さんやお母さんに「早くしなさい」とよく注意されている。家族が車で出かけるときは、いつもあっこちゃん待ち。兄弟の下の子の不敵さで、いくらせかされても動じる様子はない。でも、「おいてくよ」とお父さんから最後通告がなされると、抗議の声をあげながら大あわてで駆けてくる。

先日、夕方7時頃、外出先から帰ったら、うちの前に小さな人影があった。
あっこちゃんだった。わが家の門柱の明かりをたよりに立ったまま読書をしている最中だった。そうだ、私も子供の頃、外国が舞台の物語を読むときは、わざわざ応接間にこもっていた。シャンデリア風の照明器具、めったに使われることのないソファ、他の部屋と違うよそいき風なデザインのカーテンに囲まれると、物語の世界により集中できたのだ。外の明かりで本を読んでみたいという彼女の気持ちは、理屈じゃなくすぐに理解できた。よみがえってきたのだと思う。

邪魔をするのは気が引けたが、「こんばんは」と言って門扉を押すと、はっと顔をあげたあっこちゃんは、蚊のなくような声で「こんばんは」と返事をし、弾かれたように自分の家に飛び込んでしまった。あっこちゃんは、家族には結構口ごたえをするが、ものすごい内弁慶なのである。

あっこちゃんは今日も一人遊びに興じている。庭に生えている花の咲く雑草を摘んでいる。赤と白のしましまのワンピースがかわいらしい。まだ小さいのに眼鏡をかけているのは、やはり本好きなせいだろうか。





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2006年05月29日

サシという人間関係

数ヶ月前から、ある漫画にハマっている。『ハチミツとクローバー』(羽海野チカ)。世間では高い人気を誇っているそうだが、私には関係ないと無視しつづけてきた作品だった。可愛いけど子供っぽい絵柄(登場人物は20代? ええ、これが!?)、おまけに作品には「全員片思い」というコピーが付いているらしい。…うーん、この作品は私以外のだれかにお任せしよう。などと思っていたのだが、職場の同僚が貸してくれるというので、好奇心半分に借りてみた。1日2冊を4日に分けて借りたのち(現在第8巻まで発売中)、自分のものにしておきたくなって、結局ブックオフで「大人買い」をしたのだった。

何が私をブックオフに向かわせたのか。私にとって『ハチクロ』の魅力は、大きく言えば2つある。

1つは、特に物語の前半に漂う無常感。私が一番好きなのは、第3巻に登場する2度目のクリスマス・パーティーの場面。大きなクリスマスケーキにかぶりつきながら、竹本が「これがみんなで過ごす最後のクリスマスになるだろう」と予感するところ。宴会のはかない楽しさ、酔っ払った頭で、かすかに終わりを予感する感じは、とても覚えがある。だからこそ、今そこにある人や出来事が愛おしく、しっかり覚えておこうと言い聞かせる感じなんて特に。物語の中で、竹本は学生同士でわいわいとくっついている今がずっとは続かないことを繰り返し感じ取っている。しかし一方で、彼には社会人になるということが実際にどういうものなのかは想像しきれていない。この時期を通り過ぎた人間が、この時期のさなかにいる人間をこれほどまでにまんまの大きさで描けるということに、はっとさせられた。

そして、もう一つの魅力は、群像劇でありながら、一対一の人間関係がじつに細やかに描かれている点だ。

はぐみ、竹本、森田、真山、山田、ローマイヤ先輩…この作品の登場人物は、たしかに面白く、愛すべき個性の持ち主だが、同程度の魅力をもつ登場人物は、別の群像劇にもあっさり存在するように思う。『のだめカンタービレ』(二ノ宮知子)の真澄ちゃんだって、『20世紀少年』(浦沢直樹)の小泉だって。漫画に限らず、優れた群像劇において登場人物のキャラが立っていることは、さほど珍しいことではない気がする。しかし、『ハチクロ』では、それに加えて、登場人物の二人きりの場面が頻繁に描かれている。はぐみを想う竹本、はぐみと森田の共感、森田と山田、修司と理花の男女の友情、学科の先輩と後輩である真山と竹本の信頼関係、真山と修司の似たもの同士の友情…多様なサシの関係が見事に描き分けられられていて、何となくそこに信頼を覚える。

一対一で対話することには、照れとかリスクもつきまとう。相手のイヤな面に失望する恐れ、自分の手の内を読まれてしまう危険、弱いヤツだという評価を下されるかもしれない怖さ。そういうのを受け入れる覚悟のある人に許された楽しみかもしれないと思う。しかし、同時にそれは、話し相手を独占できる贅沢でもあり、相手が自分に時間を割いてくれるという贅沢でもある。そう、『ハチクロ』に流れる贅沢な時間に私は惹かれる。差し向かいの対話、一人きりの自転車の旅、作品の創作というキャンバスを前にした孤独な闘い…一人でひとつのものや人に向き合う時間。それは、忙しい日々を送っていると、ひとまず横においておく種類の時間である気がする。この作品には、そんな時間が随所に溢れているのだ。


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2006年05月14日

漢字バトン

夢バトン、滋賀バトンの次は、漢字バトンというやつが回ってきました。
バトンとは、ネタに困って更新を滞らせたブロガーにとっては、たいへん便利なシロモノです。それに、何のかんの言って楽しいし。そんなわけで、早速始めます。

1.前の人が答えた漢字に対して自分が持つイメージは?
 「丸」:見た目上のことよりも、内面的なことを連想します。心のやわらかさ、朗らかさ。私にこのバトンを回してきた彼女のイメージと重なるかな。あと、吉田戦車氏の漫画に出てくる丸バナナを思い出しました。
 「志」:大好きな文字です。ピシッと立ってる感じが。「意志あるところに道は開ける」の「志」ですね。
 「慧」:少女漫画に出てくるヒロインの恋の相手役の名前にありそう。成績優秀、スポーツ万能、ドジなヒロインに恋するクールな二枚目。『のだめカンタービレ』(二ノ宮知子)の千秋様系。

2.次の人に回す言葉を3つ
 「思」、「歌」、「知」

3.大切にしたい言葉を3つ
 「心」:自分の感受性とか、人の気持ちとか。いろんなことに反応したり吸収したりできる柔らかな筋肉が欲しいな、と。
 「笑」:もしくはユーモア。
 「動」:「運動」の動というよりはむしろ、「流動」の動、「行動」の動です(スポーツにがて)。

4.漢字のことをどう思う?
 まず、単純にきれいだなーと思う。あと、もっと使いこなせるようになりたいなあと。

5.最後にあなたの好きな四字熟語を3つ教えてください。
 「唯一無二」、「天下無敵」、「泰然自若」
 特に「唯一無二」は、アッコちゃんの音楽を評するときによく使われる言葉です。これらの言葉のゆるぎない感じに憧れます。

6・バトンを回す人とその人をイメージする漢字
 管理Hさん 「声」
 やよひ姉さん 「花」
 MISUさん 「魅」(さきがけじゃなくて、魅ね)

 ちなみに私のイメージとして回ってきた感じは「求」でした。欲求不満の求!? 求人募集の求?? いやいや、探求の求ですよね(^^;) 貪欲なところを見抜かれていたのでしょうか。




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2006年04月23日

ことばのお酒

このブログを始めて、もうすぐ4ヶ月が経とうとしている。
こまめに更新したいと思っているが、忙しかったりして記事を書くどころでなくなることもある。そんなわけで、非常時に備えて、ネタを思いついたらすぐ書きためておく習慣ができた。携帯電話は、電車を待ってるときなんかにすぐ取り出して作業にかかれるので、とても便利だ。私のメールのフォルダには、書きかけの記事がいくつも眠っている。「なんかいまいち」と思うものについても、とりあえずとっておく。途中で行き詰まったものについても然りだ。あくまで私個人の楽しみとして、日記がわりに書きためていた頃と違うのがこの点だ。

書きかけの記事や、我ながらいまいちと思う記事を見返すのは、結構勇気がいる。読み返したときの「ガーン何これ!?」が時として耐えがたい。あえてそんな思いをしたいわけがないので、昔はある程度内容がまとまらない限り、書き残すことはしていなかった。しかし、まずいなりに書きためておいた言葉の中には、時間が経ってから見ると、意外に使えるものが見つかることも知った。どの部分が無駄か、どこを使えば面白いものが書けそうか、時間が経つとすっと俯瞰できたりする。しばらく寝かせておくと、いい感じにまろやかになるお酒みたいなんである(いくら待とうがどうにもならず、捨ててしまうものも多いけど…)。

しばらくはこの方法でいく。忘れた頃に見ると、思いがけないプレゼントをもらった気にもなる。
現在、私の携帯電話のメールフォルダにも書きかけの記事がいくつか眠っている。試しに一つ開いてみよう(ズボラゆえ、題名はつけていない。昔に書いたものだと、何について書いたものかも忘れてしまっている。これがスリリングで面白い)。

テーマ:「オッサンの大きなくしゃみについて」。…ああ、これはゴミ箱行きかも。

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2006年04月06日

スニーカーが好き

春になって、街の女性の足元が、ブーツからハイヒールに変わり始めた。ハイヒール大好き…見る分には。私自身はフェミニンなヒール靴をほとんど履かない。痛みに耐え切れず、生まれたての鹿みたいな歩き方になってしまうからだ。そんなこらえ性のない私が愛するのはスニーカー。今の職場がGパンもスニーカーもOKなので、一週間の中での登場回数は多い。

子供用の靴売り場を卒業して、初めて買ったスニーカーは、コンバースの白のキャンバス地のやつだったと思う。当時はハイテクスニーカーみたいなのがお洒落とされていたようだが、ジャージを筆頭に、スポーティーなものが絶望的なほど似合わない私は、自分のチョイスに結構満足していた。その後の記憶は途切れ、次に買ったもので覚えてるのが、ニューバランスの青+銀色のもの。意外にこれがどんな服にも合い、とても重宝した。ブルーがお気入りだったのだ。

しかし、私のスニーカー不安定期は、この辺りから始まる。
先述の青+銀のスニーカーに気をよくした私は、「青がいいらしい」と、プーマのスニーカーを購入する。青の地色に、薄いオレンジ色であのプーマの末広がりラインが入ってる靴。セールで安かったから買ったが、この靴は履くたびにイヤになっていった。私にはスポーティーすぎたのだ。次第に母が犬の散歩用に愛用するようになり、その靴は自然と私のものではなくなっていった。その後、「青だからいいというものではない」と悟った私は、ニューバランスへの回帰を決意。台風の日に三宮高架下の靴屋で一目ぼれした赤のスニーカーを購入した。濃い赤色に紺でNの文字が入っているやつ。林檎のようなかわいい赤に魅かれて買ったはずが、1ヶ月で飽きた。プーマより早い。…どんな服と合わせても、「ハイキング風」の印象がぬぐえなかったのである。しかし、ニューバランスのスニーカーのよいところは、その履き心地の良さにある。というわけで、これも「2代目・犬の散歩靴(母娘兼用)」にめでたく君臨したのであった。

この頃から私は気付き始める。妹や友人の履くアディダスのスタンスミスは、何だかんだ言って可愛いということを。キング・オブ・ザ・他人とかぶりまくるスニーカーだが、他人とかぶりまくるのは人気があるからで、人気があるのは、シンプルでコーディネートしやすいからなのだ。シンプルか…。しかし、そうは言ってもアンチ多数派は譲れない私は、スニーカー屋さんではなくデパートのセールでマーガレット・ハウエルの白のスニーカーを買った。ピカピカの買ったばかりの頃には、「テニスの試合にでも行くの!?」とからかわれたドシンプル運動靴は、履きこむうちに有能さを顕し始めた。履き心地よし、スカートとの相性も良し。気に入って5年くらい履いた。

そして、現在のスニーカーである。モーブスというドイツのブランドのものを愛用中。白地に深緑のラインが2本入っているという何の変哲もないデザインだが、横幅が少しだけ細く、丸いつま先がきゅっと上向きなところが気に入っている。ちなみにいただきものである。歩くのが大好きな私にとって、今後も大切にしたい贈り物なのだ。

しかし、今しみじみと不思議なのは、シンプルで長く履けるスニーカーを選べるようになった頃に、うちの犬が老衰で死んでしまったことである。「犬の散歩用」が必要なくなった頃、ようやくスニーカーで失敗しなくなった。こういう不思議なタイミングって、生きているとよくある、などと最近思う。
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2006年04月04日

旅が好き

一人旅を好きになったのは、20代に入った頃。それまでは旅行になんて興味がなかった。でも、買い物は好きだった。行けば知り合いに遭遇してしまう地元の駅ビルなんかじゃなく、雑誌で特集された雑貨店や洋服屋に行ってみたくて、掲載された地図を片手に街をぶらつくのが高校時代の楽しみだった。典型的な地図が読めない女であるところの私は、自分の進む方向が上に来るように、ぐるぐると雑誌を回しながら店を探した(恥ずかしいからやめてと言われるのが面倒で、次第に友達抜きで徘徊するようになった)。そうしてたどり着いた店は、たとえ思ったよりショボくとも、遭難した冬山で見つけた山小屋のように、尊くありがたいものだった(なぜなら目的地にたどり着けないことの方が多かったからだ。私は方向音痴を極めていた)。地図の目的地を確認し、その場所に私なりの感想を持つ…そうすると、「ひとつ押さえた」といった達成感が得られたのであった。

地図を見ながら目的地に着くこと、紙の上では点や面として存在するものが、目の前に実物大で現れること、実際に歩いてみるまでは、単なる丸や四角や線だった記号を帰宅してから見ると、もうそれらは決して丸や四角や線には見えず、風景の映像や外の気温がたやすく立ち上がってくること。地図と実際の風景が結びつく快感は、昔も今も変わらない。道に迷うことも嫌いではなかった。しゃれた店の並ぶ大通りを折れ、路地を行くと、高級住宅街のあいだに、白菜畑がポンポンとパッチワーク模様のように配置されているのを見たり、自分の家の近所では見かけない名前のスーパーマーケットを見たり。そういったことが、なぜ当時の私の心を捉え、今もなお捉え続けるのか、未だにわからない。私以外の旅好きな人にも尋ねてみたい点である。

最初の一人旅は、留学中の友人を訪ねて、オーストラリアはメルボルンを訪れたことだった。時間や費用の面で折り合いがつかなかったため、同行者を見つけられず、一人で会いに行くはめになった。

航空券の買い方やパスポートの取得方法を周囲の友人に尋ねながら、準備を整えた。海外を個人旅行する人に向けて書かれた本を買い、安全確保のために日本では考えられない努力と注意が必要とされることを知った。例えば、パスポートはたいへん大事なので、盗難を防ぐために腹巻状の貴重品入れなんていう珍妙なものが大まじめに売られている…そんなことも、このとき初めて知った私である。

そんなわけで旅立ったメルボルン、初めて見る野生のコアラも、かっこいいおじさんがベンチで新聞を読んでいた公園も、堂々と英語を操りながらすっかり街に馴染んでいた友人も、どれもいい思い出だが、私の薄い胸が最もときめいたのは、空港から街に向かうバスの窓から眺めた高速道路の景色だった。初めて見る外国の風景。道路わきの殺風景な景色の中、ときおり住宅やスーパーマーケット、日本では見たことのない樹木が目に入るたび、見逃してはならない大切な暗号であるかのように、ピクリと反応する。そうこうしているうちに車窓の額縁に建物のシルエットが多くを占め始める。街に入ったのだ。目的地だ! 「自分の力で間違わずに来た!!」 もはや『はじめてのおつかい』気分。興奮のあまり、うっかりひとつ前の停留所で降りてしまい、ホテルまでの結構な道のりを、やはり地図を回しながら歩いた私なのであった。
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2006年03月25日

滋賀バトン

だいぶ前にやった「夢バトン」に引き続き、「滋賀バトン」とやらが回ってきました(^^;) 滋賀県出身者に回すみたい。ちょっと長いんで、質問数を少し絞ってやってみます。

●なんといっても、最大の自慢は琵琶湖である
→琵琶湖以外にも、滋賀県立美術館+図書館(森林浴ができちゃうほど緑豊かです)、近江米、近江牛、大中牛、鮒寿司、信楽焼、愛東マーガレット(←激安ピチピチ野菜を販売している道の駅)…

●琵琶湖にブラックバスとブルーギルを放ったヤツを心から恨んでいる。
→ある魚が増えることで、ある魚が減り、ある魚が減ることで、ある植物が増え、ある植物が増えることで、ある被害が増え…しかも、湖は他府県の川とつながってる。生態系に及ぼす影響って、見えないところで後世に残ると思うし、笑い事では済まないぞと思う。ところで、とある農業高校では、ブラックバスを魚醤(ナンプラー)に加工したのだそうです。タイ料理大好きな私としては気になります。

●東海地方と近畿地方と北陸地方の境目にあり、「忘れられた近畿地方」とか「なんちゃって近畿」とか言われるのが悔しい。
→近畿の水がめ琵琶湖があるのになぜ忘れられるのか、不思議で仕方がない。

●世界最大級の観覧車「イーゴス108」は「スゴーイ」をひっくりかえしただけのネーミングに恥ずかしさも感じてた。
→この観覧車ができたのは、私の記憶が確かならば、1991年か92年だったかと思います。アッコちゃんのアルバムで言うと、『LOVE LIFE』、『SUPER FOLK SONG』が出た年あたりですね。観覧車の名前は一般公募で決められ、実は私も応募しました。…当時『ちびまる子ちゃん』ブームだったので、「夢まる湖(こ)」と。…ああ笑いたければ笑うがいいさ。

●北のほうはよく雪が降るので信号機が縦になっており南の人はきまってそれに感動する
→いや別に…。

●湖岸にお気に入りの喫茶店が一つはある!
→滋賀県の人は、「湖畔」ではなく「湖岸」って言うんですよね。私の中で、湖岸はラブホテルのイメージ(^^;) 家族でドライブに出かけたとき、無邪気に「お母さん、あれ何?」と尋ね、沈黙させた思い出が。

●黒沢年雄のことを「オウミ住宅CMの人」と認識している。
→そんなことはない。黒澤優ちゃんのお父さんでしょ(←それは黒澤久雄さんだそうです。ゲストの方より訂正が入りました)。このCMは他府県の人に馬鹿にされる。「ビワコホーム」のCMも結構強烈。

●BBCとは、英国放送協会ではなく、当然「びわこ放送」である。
→Biwako Broad Casting の略なんですよね。英語の教科書に「BBC」って出てきたとき、「あの放送の何がすごくてそれほど有名なんだろう?」って首をかしげました…2年ほど。1年で気付けという話ですね。

●浜大津からミシガンショーボートかビアンカに乗ったことがある。
→「ミシガン」及び「ビアンカ」とは、外国の豪華客船を模した船で(ビアンカの方が豪華)、琵琶湖を周遊します。春頃になるとNHKの朝ドラのヒロインがこれに乗って、「湖びらき」なんつって、大きい金色の鍵(に似せた発砲スチロール)を湖に投げ入れてます。で、ミシガンorビアンカですが、私は乗ったことありません。

●子どもの頃「うみのこ」に乗って他の町の生徒と野外体験学習したことがある。
→滋賀県の小学5年生にとって「うみのこ」は一大イベントです。一泊二日で他校の生徒と同じ船(「うみのこ」はその船の名前)にお泊りして交友を暖めつつ、琵琶湖や滋賀県の文化について学ぶという素晴らしい企画です。私はいまだにうみのこ周航歌が歌えます。

●買い物といえば、なんといってもハトのマークの平和堂だ
→JR各駅前にあるんちゃうかという勢いですからね。

●最近気になる滋賀の名所
→雄琴温泉。

●次にバトンを回す滋賀人
→当ブログに来てくださる方に滋ガール・滋ボーイも多くいらっしゃいますが、断りもなく出身地をバラすのもアレですんで、こちらからは指名しません。我こそはと思う方、どうぞ。
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2006年03月14日

色とりどりのマイナスイオン

先日知人と美術館に出かけた。知人のかつての教え子が通う美大の卒業制作展を見に行ったのだ。
美術館の全館が貸し切られた大規模なもので、すべてを見て回ることはしなかったが、それでも結構見ごたえがあった。プロではない人の作品展、それも若者の、しかも作品にオーラのある人から単に器用な人まで、いろんなレベルの作品がぎっしり集まった展覧会は予想以上に面白かった。お金を払って見る企画展とは違う旨味。

美術の成績がふるわなかった私から見ると、どの人も上手い。でも、「スゴイっ」て人の作品は、もう一枚上手。その人なりのたたずまいがちゃんとある。大学4年生といえば20代前半、その頃の私は、今と同じように文章を書くのが好きだったが、自分の文体以前に、何かものを考えるにしても、自分のスキなもの(既に誰かが作り出した中から選んだそれ)をなぞるので精一杯だったように思う(…などと過去形にしてしまうのはあまりにも危険だ)。すごい、すごい! そのまま面白いものを作り続けてほしいなと思う。

優秀な作品ばかりでなく、現時点では参加賞かな? といった作品にもわくわくさせてもらった。自分がカッコいいと思うところから見せ方を借りながらではあるものの、「私、モノを作ってるねん!」みたいな自意識、「作ったから見て! 何なら好きになって!」という野心。くすぐったいけれどなんだか気持ちがいい。会場を出た頃には、山でマイナスイオンを浴びまくったような爽快感があった。そして、私もブログを続けよう、と思った。そんなわけで、京都造形大の若者たちよ、ありがとう。卒業おめでとう。
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2006年02月19日

はじきよのこと

 アッコちゃんのコンサートで配られるアンケートに「矢野顕子さん以外で好きなミュージシャンを挙げよ」みたいな欄がある。今までそこに挙げてきた名前。奥田民生、ゴンチチ、マイケル・ナイマン、小島麻由美、マドレデウス…など。でも2003年に『ぼくんち』という映画を観て以来、まっさきに挙げるのは、その映画音楽を担当していた「はじめにきよし」になった。今日はそのはじきよが、わが地元のとある劇場でコンサートをやるという。ただし、ホールの中ではなく、入り口の吹き抜けになったロビーでやるためか無料。行かないわけがない。

 はじめにきよしとはどんな人々かというと、ギター(またはのこぎり)のサキタハヂメさんとピアノ(またはピアニカ、アコーディオン)の新谷キヨシさんの二人組によって構成されている。歌詞はなし。はじきよを知らない人に説明を求められたときには、「ゴンチチの音楽ををよりわかりやすく庶民派にした感じ。でも、2人ともギターではなくて、一人は鍵盤楽器担当やねん」とあえて乱暴に括ってしまう(あくまで便宜上です)。

 はじきよの楽曲のスゴイところは、100パーセント善なるものでできている感じがするところ。ライブに親子連れのお客さんが多いところも私は大好きだ。ノリのいい曲では子供は走り回る(「今夜はカレー」とか)。親が子に付き合って、あるいは子供が親に付き合って聞きにこなければならない種類の音楽ではない。それは難しいことなんじゃないかと思うのだが、彼らはあまりに自然にやってのけてしまう。

 で、今日のコンサートだが、いやー、ええもん見せてもろた。
 オープニング:「正義の味方」→カウボーイが馬にまたがり草原を横切る風。MCでは気配り上手なハヂメさんが観客の皆さんに話しかけてくれるのだが、シャイなお客さん側は、まだ少し緊張気味。
 2曲目:「ポットでお茶を」→この曲は、昨年の3月20日、京都駅前で開催されたイベントでもやってくれていた。そのときは薬缶がシュンシュンいってそうなあつあつのアレンジだったが、今回は、2煎目のお茶をじっくり出す感じの演奏。面白い。
 4曲目:「琵琶湖周航歌」→しみじみと美しいメロディーラインがのこぎり(ミュージカル・ソー)にはまりまくり。間奏では、キヨシさんがピアノで湖面のきらめきを、ハヂメさんが口笛と小さい弓(だったと思う)や手拍子を使って、水鳥の羽音や鳴き声をみごとに再現してくれた。曇天の日の緑がかったグレーの湖面、晴れた日の湖畔のカーンと冴えわたる空気、もう少ししたら寒い国に還ってしまうコハクチョウの群れ。なじみのある風景が迫ってくる演奏で泣けてきて照れくさかった。でも、MCでキヨシさんがした、竹生島で目が合ったなまずの話で、その涙は雲散霧消(こちらとしては助かった)。
 この曲を境に、観客・はじきよの双方にスイッチが入った気が。追い討ちをかけるように「青空」。稚拙な表現で申し訳ないけど、いい曲なんだこれが。近くを通りかかり、立ち止まって耳を傾ける人が増えてきたのもここらから。ファンばかりが集まるコンサートではなかったので、観客の人たちが二人の音楽に引き寄せられていく過程がほんとうにリアルに伝わってきて面白かった。コンサート終了後のCD販売(買った人には二人がサインをしてくれた)も、大盛況だった。

 私はお客さんが引くまで待ち構え、一緒に写真を撮ってもらった。県の名産のお菓子もプレゼントしてみた。卒業式の下級生じゃないんだからさーと自分にツッコミを入れつつ。私のカメラの具合が悪くて少し時間がかかってしまったが、お二人とも嫌な顔もせず、付き合ってくださった。MCでハヂメさんは「コンサートの後は、信楽に味噌壷を買いに行く」と言っていたのに。間に合われたかどうかが少々気がかりである。お二人と、カメラのシャッターを押してくださったスタッフの方に、この場を借りてお礼申し上げたい(あと、最後の客が引けるのを待っていてくださったマネージャーさんたちにも)。おかげさまでいい一日になりました。
posted by かなへ at 20:57| Comment(8) | TrackBack(0) | 不器用貧乏暇なし日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年02月18日

春は出会いの季節だけれど

 人の名前を覚えるのはさほど苦ではないが、人の顔を覚えるセンス、それが私には欠落している。大学院時代には、先輩を他専攻の同級生と間違えて「なんか雰囲気変わったよね」と話しかけ、一緒にいた友人を凍りつかせた。当の先輩が面白がってくれて、それ以来距離が縮まったのは幸いであった。他には、長い間会ってない知人や、知り合ったばかりの人と会うときは、誤って見知らぬ人に声をかけてしまったらどうしようと、気が気ではない。時代劇の扮装をした芸能人の識別もダメ。あと、ラブソングの歌詞に出てくる「雑踏の中、昔の恋人に似た人を見かけるとつい振り返ってしまう」というやつ、あんなのしょっちゅう。もし、にぎやかな通りや混んだ電車で赤くなったり青くなったりしながらキョロキョロしている珍妙な女がいたら、多分それは私だ。

 人相が似た人同士を結びつけるセンスもない。よく行われる世間話の一つ、「有名人の○○に似てるって言われませんか?」トークでも失笑を買うことがしばしば。一年ほど前に、とある初対面の男性に向かって「安倍晋三さんに似てるって言われませんか?」と尋ね、「えっ……中井貴一とか岸谷五郎って言われたことはあるけど…」と当惑させたこともある。そもそも彼は安倍晋三氏に例えられるような年齢ではなかったので、返答に窮するのも無理はない。

 さて、このようなことを書き連ねてきたのは、何も自分の恥自慢をしたいからではない。私は今後のことを心配しているのだ。今までは大丈夫だったけど(…多分)、今後仕事に支障が出たらどうしよう。それに、結婚後の夫側の親族との付き合い…あれは絶対に困る!! って、結婚の予定なんてないけど。そんなわけで、人の顔を覚える際にポイントとすべき点について、これということがあれば、ぜひご教授願いたい。顔を覚えてないのがバレない方法でもいい。
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2006年02月13日

誕生月の話

今日は矢野顕子さんのお誕生日。ちなみにその前日の12日は中学時代の友人の誕生日で、翌日の14日は大学院時代の友人の誕生日。私の友人知人の誕生日は、なぜか2月に集中している。そういう月は他にもあって、7月と3月、その次が9月。星座でいうと、みずがめ座、うお座、かに座、おとめ座にあたる人が多い。その時期に生まれた人の数自体が多いからなのか、縁や相性によるものなのか。血液型に関しては、それほど偏りがないんだけどな。不思議。
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2006年02月09日

こんなのも作りました

昔ほそぼそと書きためていた映画に関する文章があったので、もういっこブログを作ってみました。さすがにそちらはほぼ日更新はしませんが…(持ちネタも少ないし)。

よろしければ、覗いてみてくださいませるんるん

http://endcredits.seesaa.net/

です。
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2006年01月29日

禁じられた(ほうがよい)遊び

 生涯でやった中で最もくだらないことの一つに、下ネタしりとりがある。
 下ネタしりとり。それは、3年前の夏、当時付き合っていた彼と長距離ドライブをした帰りのことである。
 ドライブ前日まで残業続きだった彼は、相当疲れていた様子だった。運転を代わってあげたいのはやまやまだが、私は運転免許を持っていない。わけあってその日はレンタカーで、約束の時間までには車を返さなければならなかった。停車して仮眠をとるのも無理そう。そのような状況下、私にできることを考えた結果、思い至ったのが、昔ラジオで聞いたしりとりの話だった。そのときの私と同じ状況に陥った女性が、隣で運転する彼が居眠りしないよう、考案したらしい。ルールは簡単、「なんかエッチ」と思う単語のみを使ってしりとりするのである。「おーもしろいですねえ、カップルの皆さん、彼が運転に疲れたとき、試してみてはいかがですか?」FAXを読み上げ、DJの女性は言った。まさにその数ヵ月後、能登半島を南下しながら、本当に実践しているカップルがいるなどと、彼女に想像しえただろうか。
 最初のうち、ゲームは和やかに進んだ。「ネグリジェ」「エ? エプロン。あっ、終わっちゃった!!」といった具合に。しかし、能登半島を下りきったあたりから、車内の空気は殺伐としてきた。ゲームを続けるべく、丹念に、しかし高速で脳内辞書をめくりながら「いやらしいボキャブラリー」を捜す二人。しかも、このときに気付いたのだが、脳内エロ検索エンジンに引っかかる単語は、「ん」で終わる語がやたら多いんである(例:乱、淫、姦、倫などで終わる語)。この不毛なゲームは福井県に入ったあたりまで続いたが、その数時間で、頭の中はいやらしい語彙に支配され、また、取り立てていやらしくもない言葉に無理からいやらしさを見出そうと必死な自分にも気付かされた。人間のレベルが5か6は下がった気がした。知恵や記憶を無理やり掘り起こすのは体に悪いときもあるのだ。

(今回ばかばかしくてすみません)


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2006年01月25日

先生の口ぐせ

大学院時代にお世話になった先生の口ぐせで、大好きなものがある。

授業中先生は、作品に関する質問を一つして、学生に答えさせる。「今回読んだ箇所には島が出てくるけど、皆さんはそれぞれどんな島に行ったことがありますか?」などといった、一見世間話のような質問もあれば、それぞれの学生の専門分野について答えさせるものもある。いずれにせよ、先生が大事にしていたのは、学生一人一人に自由に話をさせること、そうやって目の前の作品と学生との距離を縮め、作品をしっかり味わうように促すことだったのではないかと思う。

学生の返答に対する先生の態度もとても素敵だった。ほんとうに面白そうに聞いてくれるものだから、こちらとしてもつい力が入る。この教室にいる誰かの興味を喚起したいと野心にかられ、感じたことは余さず言語化していこうと奮起する。

そして学生にひとしきり話をさせたあと、先生の例の口ぐせが出る。
「面白いね。みなさんの意見で、1冊の本が作れそうだ」

私たちがいま何気なく口にした言葉は、もっと掘り下げてゆけば、1冊の本になるだけの可能性があるかもしれない、知らない他人に問題提起できるような、新しい発見をしてもらえるような、笑ってもらえるような、深く考えてもらえるような、それだけの価値があるかもしれないんだ…。先生の口ぐせに、毎度飽きずに心おどらせる私だった。本好きの私にとって「1冊の本になる」というコトバは、ちょっと神聖で特別なにおいがした。すでに何冊も本を出したことがある先生だって、おそらくそういうニュアンスで言ってたんじゃないかと思う。

地位も名誉も獲得したベテラン先生の口からこんな言葉が出るなんて、いま思い返しても、やっぱり素敵だ。もし私が先生みたいな立場にいたら、予習も満足にできていない(すいませんでした)ツメ甘で青くさい学生たちの言うことなどに、寛容な態度で耳が貸せるだろうか。彼らの言葉に「1冊の本」にできるような、キラリと光る面白さを見つけ出すことができるだろうか。舌足らずな言葉にしびれを切らし、つい自分の言葉で訂正してしまいはしないだろうか。

「1冊の本」を作るものは、たぶんどこにも(日常にも、自分の内面にも、他人の言葉にも)あふれているのだと思う。それを見つけ出し言語化したとき、「本」が生まれる。それは、自分だけじゃなく、他人も有する可能性なのだ。

自分が作るかもしれない「本」ばかりじゃなく、他人が作るかもしれない「本」の可能性、そういうのを喜べる人になりたいな、と思う。

posted by かなへ at 22:12| Comment(4) | TrackBack(0) | 不器用貧乏暇なし日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年01月22日

You Are What You Eat!?

 ここ数年で、食べ物の話をするのがやたら好きになった。昨日食べたもの、おすすめのケーキ屋さん、好きな実家のおかずは何か、など。
 以前はどちらかというと、食べることは苦手分野だった。小食で味オンチで。
 学生時代、映画に関するフリーペーパーの編集に携わっていたとき、「食についての映画特集」の号で映画評を書くことになった。執筆者一人につき一本、特集テーマに合った作品を選んで書いたのだが、何と5人の執筆者中、私を含む3人が「人肉」を扱った映画を選んできた(『301・302』、『デリカテッセン』、『コックと泥棒、その妻と愛人』…ちなみに残る2本は『タンポポ』と『バグダッド・カフェ』だった)。食べることにさしたる関心を持たなかった当時、それらのチョイスにあまり疑問を感じなかったのだが、今思えば、うーん、もうちょっと何とかできなかったのか…。人肉3+コーヒー1+ラーメン1の「食べ物特集」って一体…。
 変わり目は、自分でゴハンを作るようになってから…いや、自分が作った料理がおいしいと思えるようになってから、だと思う。
posted by かなへ at 20:02| Comment(5) | TrackBack(0) | 不器用貧乏暇なし日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年01月13日

夢バトン

ブログをやってる友達から、「夢バトン」をもらいました。

何とはなしに藤子不二雄チックな響きをもつ「夢バトン」。
それは何かと尋ねたら、どうやらブログをやってる人たちの間で広まっている、平和的なチェーン・メール(?)みたいです。

やり方は、「夢」に関する7つの質問に自分で答え、そのあと、同じ質問を別の人5人にする、というもの。今もどこかで仕掛け人がほくそ笑んでるのかと思うと、何となく面白くないけれど(屈折した性格)、私以外の人がいったいどんな返答をするのか聞いてみたい。まぁそのためにも、まずは私がやってみます。

1.小さい頃、何になりたかったか?
→作家。

2.その夢は叶いましたか?
→残念ながら、叶ってません。

3.現在の夢は?
→@アッコちゃんにこのブログを見てもらうこと。
Aアッコちゃんのライブを、最前列で聴くこと(経験なし)。
B本を出版すること(編集者としてでも、執筆者としてでも)。そしてその本が売れ…いや、たくさんの人に愛されること。

4.宝くじで3億円当たったら?
→もう3億円くださいと言います。嘘です(JFKの妻ジャクリーヌが、「もし百万ドルもらったらどうしますか」と聞かれてこう答えたそうです。高校生の頃テレビで見た)。

ほんとうのところは、長期休暇をとって、以下のことをします。
@四国のおばあちゃん二人に会いに行く。「わたしの目の黒いうちに、お前の花嫁姿および孫の顔が見たい」と涙ながらに訴えられた場合は、そそくさとフェリーで帰る。
A家族を旅行に連れて行ってあげる。
Bそのあと一人旅もして各国を放浪する。
Cアッコちゃんのさとがえるコンサート(全国ツアー)を追っかける。そして、全国のおいしいものを食べる。
D耐震構造の分譲マンションを購入。
E株について勉強し、身を滅ぼさない程度に投資する。
E『水曜どうでしょう』のDVDをそろえる。
F残りは貯金。

5.あなたにとって、夢のような世界は?
→雇用の安定した社会。

6.昨日見た夢は?
→受験生に混じってセンター試験を受けている。試験中、私の席に日本史の問題集が置かれているのに気付く。「何これ、見つかったらカンニングと思われるやん!」と、片付けようとしたところを、案の定試験監督のおじさんに見付かり、会場をつまみ出される。「誤解です、私の話を聞いてください!」と、おじさんの顔を見上げて訴えると、それはうちの会社のK村さんだった。

7.夢の話を聞いてみたいと思う人5人は?
→まずは友人知人から4名。misumisu、みすたー、プリン隊のお二人。そして、あと一人はもちろん矢野顕子さん。

7.で選ばれた方々でブログをお持ちの人は、自分のブログで同じことをやるがよいそうです。お持ちでない方は、後日こっそり私に教えてくださいませ。あ、もちろんコメントに書き込みして、ご来訪いただいた皆さんに見ていただくのもアリですよね。期日はなし、断る権利はありってことで。

さて、どんな夢を聞かせていただけるのやら。

上記5名に該当しない方も、やってみません? (と勝手にルール改変する私)
書き込み、お待ちしています。

posted by かなへ at 20:51| Comment(13) | TrackBack(0) | 不器用貧乏暇なし日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年01月09日

冬のお召し物あれこれ

 バーゲンセールの季節。勇んで参戦したものの、これといったものに巡り会えず、スカートと手袋と靴を購入するにとどまった。
 女友達に聞くと、冬のお洒落が一番楽しいと答える人は結構いる。身につけるものの点数が増えることによって、コーディネイトの楽しみが増すのだそうだ。
 私に関して言えば、冬物の服を選ぶ際の最優先事項は「暖かいこと」なので、自由度が減る分、夏のお洒落のほうが好きなのだが、それでも、冬物の服の中には、見てるだけで幸せになるような素敵なアイテムが数多く存在すると思っている。

1.タートルネックのセーター
 男性が着てるのを見るのも女性が着てるのを見るのも好き。10年以上前、漫画家の青木光恵さんが、雑誌に連載していたコラムの中で「テレビのCMで、かとうれいこが黒のタートルネックを着ている姿がたいへん可愛かった。胸の大きい女の子のタートルネック姿はいい!!」という旨の発言をしていた。なるほど、豊かな胸の女性のリブ編みニット姿は、いつ見てもじつにいいものであるが、タートルネックとは、うすっぺたい体型の女性が着ても、それはそれで味わいのあるものだと思う。オードリー・ヘップバーンのタートルネック姿は、清楚で知的かつチャーミングなたたずまいがあって、私は大好きだ。

2 小さいピーコート
 これは女性限定。ここ数年のうちに冬物の定番となった、華奢なシルエットで丈の短いピーコート。じつにかわいらしい冬のお召し物だと思う。この冬、我も手に入れんとバーゲン会場に赴いたが、数店舗にわたる試着の末、やめた。街を歩く女性たちがいとも簡単に着こなすあの服に私が袖を通すと、「サージェントかなへ」風に…(注:sergeant「軍曹」)。ああいったときに、店員に「すごいきれいに着てはりますよー」などと言われると、「私のきれいはこんなもんと違うんじゃい!!」と大見栄を切りたくなる。

3 ダッフルコート
 今までの人生で、ダッフルコートを着たことがない。でも見る分には大好きな服だ。以前、知人の男性が「俺はダッフルコートは着ない。あの服が持つかわいらしさが恥ずかしいんだ」と言っていた。確かに、着る人が着ると、目のやり場に困るくらいかわいらしく(あるいは野暮ったく)なってしまうのが、ダッフルコートの恐ろしさだと思う。同時に、ダッフルコートを見事に着こなしている男性は、上級者だなあという感じがする。街を歩いていて見かける分には、そういう人はいかつい系の男性に多い。料理研究家のケンタロウさんなんかも、似合うんじゃないだろうか。
posted by かなへ at 14:52| Comment(5) | TrackBack(0) | 不器用貧乏暇なし日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年01月08日

ああ聞き間違い

 今年から、センター試験の英語でリスニング試験が導入される。ついにというか、やっとというか。…しかし、私が受験生だった頃に、そんなものがなくて正直よかったとも思う。私はリスニング・ダメダメ高校生だったのだ。
 英語のリスニングに関しては、その後英文科に進んだことなどもあり、耳から血の出るような努力をへて(嘘)、今の仕事に支障が出ない程度にまでは改善することができた。しかし、日本語のリスニング能力に関しては、今でも相当あやしい。寿退社した会社の同僚のお別れの言葉が、「かなへさんのアクロバティックな聞き間違いが好きでした」だったほどである。
 しかしながら、自分がどんな間違いをしたかというのは、意外と覚えていないものである。代わりに、学生時代に級友がやらかした「アクロバティックな聞き間違い」で印象的だったものを一つ紹介したい。

 会話の中で私が口にした「獅子狩紋錦(ししかりもんきん)」という単語を、「ええ、しっかりモンキー!?」と聞き間違えた彼女。「しっかり」という語が持つ堅固な感じと、「モンキー」という語が持つ、ひょいひょいとした軽さが噛み合わず、えも言われぬおかしみを醸し出しているではないか。
 しっかりモンキーとは、仲間が食い散らかしたバナナの皮を、黙々とゴミ袋に片付けるサルのことであろうか。それとも、食料の乏しくなる冬に備えて、保存食作りに余念のないサルのことか。それとも…(きりがないのでこの辺で)。
 そして、今どうしても思い出すことができないのは、一体どのような文脈で私が「獅子狩紋錦」という単語を口にしたかということである。
posted by かなへ at 17:03| Comment(4) | TrackBack(0) | 不器用貧乏暇なし日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年01月04日

ああ暴言

 愚痴の聞き役になることが多い。最もよく耳にする愚痴は、「他人から不快なことを言われたりされたりした」という「暴言を吐かれた」系ではないだろうか。
 せっかくなので私も、過去にぶつけられた暴言の数々を思い返してみようと思う。
 「君って、もしかして脂性か?」(職場の先輩より。いかにも私は脂性だ)
 「かなへさんって器用貧乏っぽいよな」(職場の同僚より。ちなみに私は器用ですらない)
 「かなへさんって根が深い」(別の同僚より。奥が深いという意味ではないらしい。根にもつタイプだと言いたかったらしい)
 「あんたは小さくて華がないわ」(母親より。小さいのはアンタ譲りで、華がないのはアンタのダンナ譲りである)
 「大丈夫、かなへちゃんも結婚できるよ」(当時婚約ほやほやだった友人より。友よ、あれから2年経つが、私は未だ結婚できていない)
 「かなへちゃんって鳳蘭に似てるな」(大学時代の先輩より。…あっ、これは暴言じゃないか)
 反対に「私が他人に言った暴言」を思い出そうとすると、現金なもので一つしか思い出せなかった。「先輩って、飲むと説教と自慢話しかしないんやもん」…言われた先輩の心中は、いかばかりか。上に挙げた私に対する暴言しかり、暴言とは、少しばかりの真実を孕むからこそ暴言なのである。さすればこそ、どうぞお手やわらかに。
posted by かなへ at 19:30| Comment(4) | TrackBack(0) | 不器用貧乏暇なし日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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